佐藤けんじ

佐藤けんじ 道南発、日本の未来。

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2006/9/26

  

「旧函館どっく・ゴライアスクレーンを産業遺産として保存・利活用を求める陳情書」を頂戴し、現物を見る機会があった。
まず、陳情書に賛同している方々が、教育や水産だけでなく一般の街頭署名を含め、累計7000人におよんでいることに配慮すべきはアカウンタビリティ上、当然と考える。
地方自治には団体自治としての自治体経営の側面と、住民自治の側面がある。これは財政制約の条件化において、収益性を直接目標としえない事業に対しての公益性に、住民の意向を反映し実現することにある。
また、近年には産業遺産として、語り継ぐものや残しておくものを有形無形を問わず、見極める考え方が出てきている。公益性の中に、一般の方々には所有できない町らしさの財産として、景観や風景という、むきだしの機能性とは一線を画した考えが、次第に公にも取り込まれつつあると考えるべきだろう。
クレーンは30年経過したクズ鉄と勘定科目は整理される、また一方では横浜、長崎のように港のシンボルとして保存する考えもある。
危険性は維持管理の問題であり、売却済みは答えでしかない、要は財政上、イラナイ鉄くずというのが函館市考えであろう。
港は本来、人流や物流を中心とした、都市集積の基本である、物を運ぶ船舶の造船業は港には欠かせない産業集積の基本であり、派生する機械産業の母胎である、製造業がぽっかり穴があく函館経済構造に理由はある。
港の高度化はローロー船やコンテナ船の停泊を可能にする大型化への対応であり、24時間の関税業務を必要とする定期航路が開設できる交通網の整備にある。港がいつもただの観光資源の側面からしか議論されないのはなぜだろうか。

「緑の島」とかいう20年も利用用途がいまだにはっきりしない港の障害物は、港湾の機能を装備しようとしない「港の異物」だからである。
そして、いったい何度目かわからない水族館の是非は、議論することすら理解を超える。
都市函館は港として誕生し、その経済は港湾の活用が不可欠である。

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